山川賢一検証blog

批評家・山川賢一(@shinkai35)の言動を検証するblogです。誤りのご指摘・ご意見はyamakawakenshoあっとgmail.comまで。

知ったような顔でゲーデルの話をする人が、知ったような顔でゲーデルの話をする人を叩く

 山川は最近ハイデガーの解説書を勉強している。その流れで次のように発言している。

 

 

 

 魚拓1 魚拓2

 

「たんに意味不明文に目を通すことに慣れたのを読解力の向上とかんちがいする人」が「知ったような顔でゲーデルの話をする人を量産」しているとしたら、それはよくない事だと思います。

 ところで、実は山川賢一自身が「知ったような顔でゲーデルの話をする人」である事を皆さんはご存じでしょうか?その顛末が記録されているのか下記Togetterまとめである。

 

山川賢一さんと複素数太郎さんの「無批判に『「知」の欺瞞』を信じちゃう人が味方サイドにいるのはリスクでしかない」という話 - Togetter

 

 山川賢一が『知の欺瞞』を知ったかぶりして「古典論理の概念がわからん」(本人談)レベルで、不完全性定理についてべらべら得意気に語ってポストモダンをくさしてるところに数学専攻の学生が「本当にわかってます?」と質問して、山川が渋々謝罪しました。

 

 魚拓

 

 面白いのは、山川さんが「古典論理などの概念がわからない」ってポロっと漏らしつつ神宮はふり氏(=恐らく複素数太郎氏と同一人物)と論争している点である。

 

 

 

 少し調べれば、「古典論理の概念がわからない」レベルでゲーデル不完全性定理について語るのは危険すぎると分かる。筆者も不完全性定理について何を知っているわけでもないが、ガソリンを頭から被って火に飛び込むようなものだという事はワカル。動物的勘は大事である。「論客」として実はあんまり強くないんじゃない?と思う。

 

 ちなみにこの事件は山川賢一Wikipediaにも記録されている。歴史を許そう、しかし歴史を忘れないようにしよう。

また、ツイッター上で山川が「古典論理などの概念がわからない」[9]と語ったことにより、「山川自身もソーカルの批判対象となり得るような“濫用”を行っているのではないか」と批判を浴びた[10]。

山川賢一 - Wikipedia

 

 冒頭のハイデガーの話に戻ると、ハイデガーの文章もまた難解なわけで、山川がクリステヴァ批判の時みたいに、解説書の内容を「誰々によれば」と紹介する事で「批判」した気になる未来を警戒したい。学問ってそういう簡単なものなんですか、と言われないようにして欲しいものだ。

 

 魚拓

 

 神宮はふり氏は上記山川のツイートを「これってまんま『「知」の欺瞞』の注釈なんですけどこれ以外に一次文献等でもちゃんと確認したんですかね、まあどうでもいいことなんですけど」と論評している。

 ところでこうした山川の振る舞いを注意した、上記数学専攻の複素数太郎氏(恐らく神宮…略)が最近、借金玉氏等と発達障害に関する論争をしているところに山川が割って入り、複素数太郎氏を「ポモ」の人扱いして嬉々として批判していたのには辟易してしまった。もはや山川からポモと言われることには、あまり深い意味はないのかもしれない。